ITコーディネータとは
通商産業省(現:経済産業省)による国家プロジェクトの一環として、2001年からスタートした資格制度です。現在は、経済産業省の推進資格として約6500名の資格保有者がいます。
ITコーディネータになるには「特定非営利活動法人 ITコーディネータ協会」が発行している『ITコーディネータ プロセスガイドライン』の内容から出題される試験にパスすることと、“ケース研修”と呼ばれる研修プログラムに参加して必要なカリキュラムをこなす必要があります。
試験の合格と、ケース研修の終了という2つを終えて初めてITコーディネータの資格が得られるわけですが、この資格は年に一度更新する必要があります。セミナーに参加するなどで、定められたポイントを獲得しなければ更新することができません。年会費も2万円ほどかかります。そのため資格取得時ではなく維持することに高い壁があるという資格制度になっています。
資格をどう活かせるのか
ITコーディネータの主たるミッションは「IT経営の実現」とされております。
「IT経営」という言葉自体、10年前にはほとんど存在しなかった用語ですが、近年脚光を浴びてきた用語で、これは「積極的にITを活用した経営」と解釈することができます。
『ITコーディネータ プロセスガイドライン』の冒頭部分には次の問題提起がされており、IT経営の重要性が近年高まっている背景を次のように説明しています。
日本のIT人材は開発者に偏っており、経営戦略レベルでのIT利活用ができるスキルを持つ人材が不足していたということがある。ITコーディネータはこうした人材の不足を補うべく、台頭してきた資格である。
ITコーディネータは経済産業省推奨資格ということで、同省のホームページにも以下のような記述があります。
中小企業におけるITを活用した経営革新や経営の向上・改善について的確なアドバイスのできる人材が求められており、ITコーディネータ協会は、こうした要望に対応できる人材であるITコーディネータの育成を行っています。
これらのことから、根底には「ITを経営レベルで理解している人材が不足している」という問題があることは明白です。たとえば文系と理系の両方の知識を併せ持つ人材を見つけることが困難なように、ITと経営の両方がわかる人材は市場にほとんどいないのが現状です。
ITと経営の両方がわかる人材がいないことによる弊害が表面化してきています。ITを導入したいというニーズがあるものの、経営陣はITが分からない、IT専門家は経営がわからない。という問題です。それゆえに、これらの“橋渡し“となる役割を果たす人材の必要性が叫ばれるようになったというわけです。
ITもわかり、経営もわかる。
こういった人材をゼロから育成していくことは時間もコストもかかるため困難です。ほとんどの企業においてITと経営はキャリアパスが全く異なるため、両方の経験を積むことができるのは極めて特殊なのです。
ましてや、中小企業のようなリソースの少ない企業は自社内にSEすら置くことができず、”いちばんに詳しい者が片手間でやっている”のが現状だったりします。
私はSEとして20年近く勤務しておりましたが、その中でIT経営の必要性を感じたことが多々ありました。その最たるものは、やはり「経営陣のITに関する理解不足」です。
ここでいう“ITに関する理解“というのはテクニカルなものではなく、ITの導入から運用までのプロセス全般に関することへの理解です。
経営陣は、ITへの関心は高くても、それはIT導入が成功した場合のメリット部分にしか関心がないということが多いものです。実際にはITが便利に利用することができるようになるまでの道のりは、厳しいものであることを理解している経営陣は少ないのです。
簡単に言えば、お金を出せば機能が買える、くらいに考えている経営陣が多いのです。このように経営陣はITのメリットばかりに着目し、経営戦略に最もフィットするIT技術の選定や、導入方法、運用方法という面には関心を示すことはほとんどありません。
私自身、経営陣がITを「お金を出せば機能が買える」くらいに考えることによる弊害というものの大きさを経験してきました。つまり、IT技術の選定や導入段階といった段階から経営陣が参加せねばIT経営は実現しないということを思い知ったのです。
ITコーディネータのプロセスガイドラインでは、IT経営における経営陣が参画することの重要性を説明しています。
また、企業の「あるべき姿」を実現するうえで、必ずしもITを使わなくても目的が達成できる状況も実際にありえます。そのような場合においては、ITを使わないという選択肢が提案できるようなコンサルティングが正解だと思います。
ITは所詮道具であり、魔法ではありません。
無理に導入しても、使う側が魂をこめて運用しないことには、やがて使われないシステムとなってしまい、費用と時間の無駄になります。これは経営体力の乏しい中小企業にとっては大きなダメージとなります。
ITコーディネータに求められる行動
ITコーディネータは、顧客とは様々な立場でかかわることが考えられます。経営のコンサルティングだけでなく、時には顧客の会社でプロジェクトをリードする立場を任されることも想定されます。そこで、役割別にITコーディネータとしての場合と、一般的なSE(システムエンジニア)とで、行動にどのような違いが生じるか想定したものを以下に示します。
SEとITコーディネータの行動の違い
自分の役割 | 局面 | SEの行動 | ITコーディネータの行動 |
新規取引先へ営業をかけるとき | 営業先 ヒアリング 提案の仕方 |
相手の情報システム部門の担当者と会話する | 経営陣と直接会話する |
コンサルタントとして | コンサルティング | ITありきで提案をしようとする | 相手の気づいていないことを引き出し、課題を整理する。必ずしもITを使用するわけではない |
戦略立案家として | 要件の確認時 | 与えられた要件が何かを聞こうとする | なぜその要件が出てきたのか経営課題を聞く |
プロジェクトマネージャーとして | プロジェクトの進め方 | 品質、コスト、時間を守ろうとする | PMO(プロジェクトマネジメントオフィス)機能を果たし、顧客にとっての目的を外さないように努める |
システムエンジニアとして | パッケージソフト導入時におけるフィット&ギャップ分析 | 現状業務にあうように、パッケージのカスタマイズを行う | 業務のあるべき姿を描いて、業務改善・改革の支援を行う |
(出典)『ITコーディネータ実践力ガイドライン』をもとに筆者作成
このように整理してみると、一般的なSEと比較してITコーディネータに求められるものは、かなり異なっていることがわかります。
相手の事情を経営レベルで理解し、そこに対して何らかの提案ができるかどうか、ということが主な違いです。これにはITスキルをベースとした経営に関する知識が必要であり、また、顧客が所属している業界の事情にも精通していなければ、最適な提案はできないでしょう。
これからのIT経営の専門家について
これからのIT経営の専門家に求められる能力について考えてみたいと思います。私がSEとして勤務していた2000年初頭頃は、ITを導入するとなるとまずゼロから開発することがほとんどという時代でした。
当時はまだパッケージシステムやクラウドシステムが充実しておらず、その企業のビジネスにフィットするシステムを導入しようとなると、新規に開発するしかなかったのです。ここ最近はそういったシステムが充実し、開発せずともシステムが導入できるといった事例も増えてきました。開発が不要になるという傾向は、今後も高まっていくでしょう。
そのため、今のIT専門家に求められるスキルは、世の中のITサービスにはどういったものが存在しているかを把握し、最も顧客の企業にフィットするソリューションを提案することといえます。
協会としては、IT経営力向上のために必要な知識として次を挙げております。
- ビジネスにおける基本的な知識
- 経営系、IT系双方の専門分野の知識
- IT経営の重要性に対するIT経営認識プロセスの知識、および経営の成熟度を考慮したIT利活用を行うための基本原則の知識と、経営戦略と整合性あるIT経営実現プロセスの知識
- IT経営を効果的に推進するために、ITコーディネータの知的・人的資産をもととする知識
- 関連業務の調整、最適化を行い、その組織の目標を達成するために合意形成を図る知識
- ITコーディネータのプロ意識をもって、ステークホルダーと協創する知識
実に多くの知識が要求されています(;^_^A
しかしながら、これらはある程度の社会人経験を経ることで得られるものも多い気がします。事実、ITコーディネータ協会としては実務経験5年以上をキャリアスタートレベルとして設定しています。
特に、上記5の「関連業務の調整~」をおこなうには、その業界の業務知識が必要になるはずです。ITコーディネータは「IT+経営」の専門家ですが、これはある程度どの業界でも通用する知識です。しかし業務知識を獲得するには、にわか仕込みな対応ではだめで、ある程度の業務経験と実績が必須になります。
すなわち、
・IT知識
・経営知識
・業務知識
の3つを併せもつ人材こそ、真に求められるITコーディネータといえるでしょう。
逆に言えば、業務知識をもつITコーディネータは、競合がほとんどいないブルーオーシャン状態となります。
・ITと経営は業種に依存しない知識
・業務知識は業種に特化した知識
となるため、ITコーディネータはポジショニングが重要になってきます。すなわち自分の戦う領域を設定することです。
つまり「なんでもできます」では専門性がアピールできず、顧客がつきにくいということですね。これはITコーディネータに限った話ではありませんが、ITコーディネータだからこそ自らの”経営戦略”を立案し、自らをコーディネートする必要があるということです。
最後は余談でしたが、ITコーディネータが役に立たない資格といわれないよう、うまくポジショニングをとり、専門性を活かしていきたいものです。